「矯正は見た目のためでしょ?」──そう思っていませんか。
歯並びは見た目だけでなく、口腔内環境そのものを変えてしまいます。特に不正咬合(歯列不正)の場合は口腔内環境を悪くする原因となり、その結果、むし歯や歯周病のリスクが高まってしまうのです。
大分市タカサゴデンタルオフィスの院長が、日々の臨床で感じていることを率直にお伝えします。
日本人にとって、かつて「八重歯」は不正咬合であるにもかかわらず「アイドルの象徴」的な歯並びでした。笑ったときの口元を個性的にしてくれる──そんな捉え方がありました。
コロナ禍のマスク生活を思い出してみてください。目元だけしか見えていないと、街中で偶然知り合いと出会っても相手が誰なのかわかりづらくなかったですか?顔のパーツの中で、「口元」はとても個性が出やすい部分なのです。
しかし一方で、不正咬合はコンプレックスの原因にもなります。むやみに抜いてしまったり、削って引っ込めたりと短期間でどうにかしようという方もたくさんいらっしゃいます。けれど、歯並びの問題は「見た目」だけの話ではありません。
歯並びは見た目だけでなく、その口腔内環境も変えてしまいます。特に不正咬合の場合は口腔内環境を悪くする原因となり、その結果、むし歯や歯周病のリスクが高まってしまうのです。
そのリスクが高まる仕組みを、順番に見ていきましょう。
リスクが高まる要因として、まず「歯みがきがしづらい」ことが挙げられます。いわゆる「セルフメンテナンス」が十分にできないのです。
叢生などで歯が重なり合ってしまっていると、正常咬合に比べ歯みがきは確実にしづらくなります。「1日3回は必ず磨いていますよ」と言われることもしばしばありますが、ここで重要なのは「歯を磨いている」という行為ではなくて、「歯を磨けている」という結果なのです。歯みがきを1日何回していても、磨けていなければ意味をなしません。
私がこれまでに患者さんに歯みがきチェックをして「プラーク残渣0%」だった人は、たったの4人しかいません。
しかも、どなたも1回だけです。
正常咬合の人ですら完璧な歯みがきは難しい。
不正咬合の方であれば、当然さらに難しくなります。
不正咬合では歯ブラシが届かない場所がたくさんできてしまいます。糸ようじ(フロス)や歯間ブラシを使っても、自分では磨けない場所も出てくるでしょう。そうなると、歯垢(プラーク)が口腔内にたくさん残ってしまいます。
出っ歯(上顎前突)や開咬などの不正咬合では、口が自然と閉じにくい状態になります。口が開いていると口呼吸になりやすく、口腔内が乾燥します。唾液には口腔内の細菌を洗い流す「自浄作用」がありますが、口腔内が乾燥するとこの作用が低下し、細菌が増殖しやすくなります。その結果、むし歯・歯周病・口臭のリスクがさらに高まるのです。
プラーク(歯垢)の中にはたくさんの「口腔内常在菌」がいます。その中には口腔外からの外敵侵入を阻止してくれる大切な細菌もいますが、歯周病菌・むし歯菌も含まれています。
日本人成人の8割は歯周病であるという統計があります。8割──つまり私も含めて、ほぼみんな歯周病であると考えていいのではないでしょうか。そうなると、歯周病菌も口腔内に存在していることになります。むし歯ができたことのある方は、むし歯菌も存在しています。
正常咬合の人ですら難しい歯みがきが、不正咬合の人であれば当然もっと難しくなります。磨き残しが多いほど、これらの細菌が増殖しやすくなるのです。
・歯周病菌が増殖 → 歯肉炎・歯周炎・歯槽骨の吸収 → 歯を失うリスク
・むし歯菌が増殖 → 歯の表面・根面が溶ける → 治療が必要なむし歯
・口臭の原因菌が増殖 → 口臭
・口腔内の慢性炎症 → 全身疾患(後述)へのリスク上昇
正常咬合と不正咬合の口腔内環境の違いを表でまとめます。
| 比較項目 | 正常咬合(きれいな歯並び) | 不正咬合(歯並びが悪い状態) |
|---|---|---|
| 歯みがきのしやすさ | 歯ブラシが届きやすく磨き残しが少ない | 重なりや凹凸で磨き残しが多発 |
| プラーク蓄積 | 少ない | 多い(歯周病・むし歯リスク上昇) |
| フロス・歯間ブラシ | 使いやすい | 届かない部位が増える |
| 唾液の流れ | 口が閉じていて自浄作用が働く | 口呼吸になりやすく乾燥・自浄低下 |
| 噛み合わせ | 均一に力が分散 | 特定の歯・顎関節に負担集中 |
| 口臭リスク | 低い | プラーク由来の口臭が起きやすい |
| 全身への影響 | 正常な咀嚼・消化が保たれる | 咀嚼不全→消化器・栄養吸収への悪影響 |
※口呼吸・唾液の自浄作用低下・咀嚼への影響は不正咬合の種類(開咬・出っ歯など)によって程度が異なります
歯並びの影響は口の中だけにとどまりません。全身の健康とも深く関わっています。
歯周病は口腔内局所の炎症にとどまらず、炎症性物質(サイトカインなど)が血流を介して全身に影響を及ぼすことが研究で示されています。歯周病と関連が指摘されている全身疾患には、糖尿病・心臓病・脳卒中・誤嚥性肺炎・早産・低体重児出産などがあります。不正咬合によって歯周病リスクが上がるということは、こうした全身疾患のリスクも間接的に高めることにつながります。
歯並びが悪いと食べ物を十分に噛み砕けず、消化器系への負担が増えます。しっかり噛めないと早食いになりやすく、胃腸への負担・栄養吸収の低下・肥満リスクの上昇にもつながります。
不正咬合による口呼吸は、口腔内の乾燥だけでなく、のどの乾燥・免疫機能の低下・いびき・睡眠時無呼吸症候群との関連も指摘されています。鼻で呼吸することは空気をフィルタリング・加温・加湿する機能があり、口呼吸ではこれらの機能が失われます。
歯並びによっては発音にも影響します。叢生や開咬ではサ行・タ行が不明瞭になりやすく、出っ歯や開咬ではマ行・ラ行に影響が出ることがあります。子どもの場合は言語発達への影響も考えられます。
不正咬合により噛み合わせが悪いと、顎関節に不均等な力がかかり顎関節症を引き起こすことがあります。さらに、顎の筋肉の緊張が頭痛・肩こり・姿勢の悪化につながるケースも報告されています。
むし歯を作らない・歯周病の進行を抑えるためにも、正常咬合のきれいな歯並びにして「セルフメンテナンス」がしやすい状況にしてあげることが大切なのです。そういった意味でも、矯正治療はとても大切な治療です。
矯正治療は「歯を動かす」だけでなく、「一生使える口腔内環境をつくる」ための治療でもあります。きれいに並んだ歯は磨きやすく、フロスも通しやすく、プラークが残りにくい。その結果として、むし歯・歯周病のリスクが下がり、全身の健康にもつながるのです。
歯並びを整えることで口腔内環境は改善しますが、セルフケアだけでは限界があります。どれほど丁寧な歯みがきをしていても、歯石・バイオフィルムなど歯ブラシでは落とせない汚れが必ず蓄積します。
3〜6ヶ月ごとの定期検診・プロフェッショナルクリーニングを継続することで、セルフケアでは届かない場所の汚れを除去し、むし歯・歯周病の進行を抑えられます。矯正治療と定期メンテナンスは車の両輪です。
「矯正しませんか?」と言われたとき、多くの方は「見た目のための治療でしょ」と思うかもしれません。でも実際は、矯正治療は口腔内環境を根本から改善し、むし歯・歯周病・全身疾患のリスクを下げる「口腔内環境への投資」でもあります。
日本人成人の8割が歯周病。完璧に磨けている人はほんのわずか。こうした現実の中で、「磨きやすい歯並びにする」ことがどれだけ大切か、少しでも伝わったなら嬉しいです。
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